愚者の語る物語

さっぱりわからん召喚師学入門―その弐―

「ふぅ...どうやら大丈夫だった見たいだな。」
幸いなことに周囲には敵はいなかったらしく、音が聞かれることもなかったようだ。
「...さて、帰るか。」
一瞬の緊張の後、周囲を見回しつつ帰路につく。
―もう少しでオーク地帯を抜けられるな。
そう思った矢先だった。
―ぱきっ。
足元に転がる小枝を踏みつけて...折れた。先ほど緊張したせいで、どうやら気を緩めてしまったようだ。足元の小枝に まったく気づいていなかった。先ほど木を殴ったときほどに音は大きくはない...が。
 右横にいた前にいたオークと目が合う。先ほどまで反対側を向いていたはずだが、どうやら小枝が折れる音を聞いてこっちを 振り向いたらしかった。弓兵らしく、おもむろに矢をつがえる。
―まずい!
「...くそっ!」
 見つかった以上、俺の取れる行動はただひとつ、逃げることだけだ。 武器も持っていない以上、どうあがいてもこちらに勝ち目はない。 さっと身を翻すと、オークと反対の方向へと駆け出す。
 オーク放った矢が「ひゅんっ」と音を立てて隣の木に突き刺さる。森の中なので、 狙いが定めにくいということが幸いしたようだ。
「マテ!クロイニンゲン!」
―ちっ、ダークエルフとヒューマンの違いもわからん下等生物め。
忌々しいヒューマンと勘違いされたことが腹立たしいが、そんなことに構っている暇はない。 今の自分では、やつのような下等生物を前にすらもひたすら退却することしかできない。
―...振り切れる!
思っていたよりも敵の足は遅い。どうやら持っている弓が邪魔でうまく走れないようだ。 この調子なら引き離すことができる。目の前に明かりが見える。 あそこまでたどり着ければなんとかなるに違いない。
「...はっ!」
森の中を突き進み、明かりへと飛び出す。
―巻いたか!?
「...ナンダ?クロイニンゲンガヤッテキタゾ。」
「ウマソウダナ、クッチマオウゼ。」
―は?
 嫌な予感がして周囲を見回す。案の定、周囲には火を取り囲んだ緑色の生物―オークたちが群れを成していた。
 先ほど見えた明かりの正体はどうやらこの火のようだ。下等生物の分際で、火なんか使いやがって。 火の回りにいるオークどもは、幸運にも餌が舞い込んできたとでも思っているのだろう。 瞳はぎらぎらと殺気立ち、今にも襲い掛かってきそうな勢いである。 ニヤニヤとした笑い顔は、死への恐怖よりもむしろ怒りの感情を引き起こす。
「...ちっ、下等生物の分際で。」
思わず口から罵倒がでるが、今の状況では負け惜しみにしか聞こえなかった。
「クックック...コノ人数相手ニ威勢ガイイナ。ソウ思ウナラ我々ヲ倒シテミロ。」
オークの隊長格らしい奴が気持ちの悪い笑みを浮かべながらそう言う。
明らかにこちらが丸腰なのを知っての反応だ。下等生物の分際で腹立たしい。 しかし、当然のことながらこちらに対抗する術はない。
「イクゾ、クロイニンゲン!」
オーク隊長が剣を(といっても、素人目にみてもナマクラだが)振り上げる。隊長が剣を振り下ろす前に 前方へと距離を詰め、間一髪のところで初太刀をかわす。そのまま間髪いれずに隊長の足を踏んで、 顎に一撃をたたきつける。餌が攻撃するとは思ってもみなかったのだろう、隊長は一撃を喰らって尻餅をつく。 尻餅をついている隊長はほったらかして、素早く周囲を見回す。
―左側が少ないな。
そう判断すると、一目散に駆け出す。
「マテ、クロイニンゲン!」
ヒューマン呼ばわりされることに不快感を覚えるが、そんなことに構ってはいられない。姿勢を低くし、的を少なくしながら オークたちの攻撃をかわす。姿勢を低くしながら敵のほうへと距離を詰めれば、狙いが定めにくくなりそう簡単には 致命傷を喰らわない。何度か剣先がかすって傷を負うが、それほどたいした怪我にはならない。群れの外に何とか躍り出る。
―...どうだっ!
オークたちの群れから脱出し、神殿の方向へと駆け出す。奴らの足はそれほど早くないのはさっきので実証済みだ。 このまま逃げれば十分振り切れる。
しかし―
―ザクッ!
何かいやな音と同時に、左足に衝撃が走る。最初は鈍いだけだったが、次第にそれが激痛へと変わる。 不意の痛みに耐え切れず、そのまま前方へと転がった。
「ぐっ...」
見ると、左足には一本の矢が深く突き刺さっていた―。
―年月日不明:あるダークエルフの青年の日記より―

【前へ】 【小説TOPへ】 【次へ】

Copyright (C) 2003-2004 HITUJI. All Rights Reserved.