愚者の語る物語

さっぱりわからん召喚師学入門―その参―

 弓兵が放った矢は左足の太ももに深く突き刺さり、傷口からは血がどくどくと流れている。 血と一緒に体中から力が抜けていく感じがする。血が流れすぎているのか、頭がくらくらし、視界が定まらない...。
「クックック、ニンゲンノガキハスバシッコイナ、オモシロイオイカケッコダッタゾ。」
むかつくオーク隊長に一撃でも食らわせてやりたい気分だが、血液が流れて力が出ない。 頭はくらくらする上に、相手は大人数。
―まさに絶体絶命というやつだな。
 死の危険が迫っているというのに、妙に頭は冴えている。目の前の状況にどうすることもできないからだろうか...。
「クックック……サァ…シネッ!」
 先ほどと同じく、オーク隊長の剣が振り下ろされる。さっきは大して怪我もしていなかったからかわすことができたが、 今度こそ避けることはできない。剣が俺の左肩に向かって振り下ろされるのがわかる。 俺は思わず目を瞑り、死を覚悟した。


「行きて敵の喉下に喰らいつけ、ケルベロス!」
―ヒュンッ!
後方から何か声が聞こえたと同時に、頭の上で空を切るような音がする。 死を前にして幻聴でも聞いているのだろうか...。
「...?」
 しかし、やってくるはずの斬撃は、いつまでたっても振り下ろされる気配がない。
不思議に思い、ゆっくりと目を開く。するとそこには、目の前には俺と同じくらいの大きな白銀色の物体があった。 よく見ると、獣の姿をしている―いや、形をしているどころか、まさに目の前には白銀の獣がいた。
「アググッ……」
白銀の獣−おそらく狼であろうそれは、先ほど俺に剣を振り下ろそうとしていたオーク隊長ののど元に喰らいついている。
オーク隊長はもがく事もせずに、力なくうなだれている。
「大丈夫ですか?」
 すぐ後ろのほうで声がする。どうやら先ほどの声は幻聴などではなく、後ろにいる人物の声だったようだ。 ゆっくりと後ろを振り返ってみると、そこには黒髪で、俺に対してにっこりと笑うヒューマンの姿があった。 体のラインがすっぽりと覆い隠されるようなローブを身に纏い、一見すると女性かと勘違いしそうな顔立ちをしている。 手には青い、まるで大きなブーメランであるかのような弓をもっていて、しかもその弓はなぜか青く光を放っている。 ローブに弓という、一見すると不釣合いな姿だが、じっと見ているとまるでそのいでたちこそが当たり前であるような、 そんな不思議な錯覚を覚える。。
 少年の額には、瞳のような物が埋め込まれており、それは飾りのようだが、それ自身が生きているような不思議な雰囲気を 持っている。とにかく、何もかもが俺の常識とは異なっていて、まるで異世界からの訪問者のようであった。
と、先ほどの獣が少年の下へと駆け寄ってくる。先ほどオーク隊長を冥府へといざなったこの獣は、どうやら彼のしもべ らしかった。
―一体全体どうなってるんだ?
 あまりに突然の出来事に、状況がまだ把握できていない。そもそも、ヒューマンがダークエルフである俺を助けてどうしよう というのだろうか。考えれば考えるほど、ますます混乱しそうだ。
「危いところでしたね。左足を怪我しているようですけど、大丈夫ですか?」
俺が黙っていたからか、彼は再び俺に声をかける。
「あ...あぁ。」
「そっか、それはよかった。う〜ん、でも結構深い傷のようなので、後で手当てをする必要がありますね。」
 まだ敵陣の真っ只中だというのに、ヒューマンの少年―とはいえ俺よりも年上だろうが、 それでもまだ十分に少年といえそうな顔立ちをしている―は、微笑みながら俺に話しかけてきた。
「...ナンダ貴様ハ!クロイニンゲンノ仲間カ?」
 オークがヒューマンの少年に向かって叫ぶ。先ほどのオークが隊長格だとすると、どうやらこいつは副隊長クラスらしい。
「ん?えと。。。どうなんでしょうね?とりあえず彼と会うのは初めてですけど。。。それと彼は『クロイニンゲン』 じゃなくて『ダークエルフ』だと思いますよ?」
 まだ十数体もいるオークどもに向かって、少年はのんきに返事をする。。 数の上で圧倒的に不利なのにもかかわらず、少年の口調はまるで世間話でもしているかのようだ。
「...フンッ、ソンナコトハドウデモイイ。邪魔ヲスルナラ貴様カラカタズケテヤル!」
殺気立ちながら副隊長が叫ぶ。他のオークたちも、威嚇なのか戦いの儀式なのか知らないが、副隊長の後ろでうなっている。
「別に貴方たちと戦うつもりなんてないのですが。。。できればこの場はひいてくれないでしょうか?」
殺気立った相手に話が通じると思っているのだろうか、少年は副隊長を交渉しようとする。
「フザケルナ!」
副隊長は吼え声を上げると、少年に向かって突進してきた。後ろにいるオークたちも同様に攻撃を仕掛けてくる。
「ふぅ、仕方ないですね。。。悪いですが、挑んでくるなら手加減は。。。しません!」


 それから後の出来事は、まるで英雄物語でも見ているかのようだった。 少年に向けられた副隊長の初太刀をかわすと、腹部めがけて弓を放つ。副隊長の腹部に少年の射た矢がめり込む。もともと弓とは、遠距離の敵を 攻撃するためのものだ。一撃の威力はかなり高く、至近距離ともなるとその威力は絶大である。
「グォォ!!」
腹部に強烈な一撃を受けた副隊長が痛そうにうめく。少年は副隊長に背を向け、間髪いれずに蹴りを放った。副隊長は後方へと 吹き飛ばされる。
「ケル!」
 少年の掛け声を聞くまもなく、白銀の狼が敵陣になだれ込む。前衛のオークたちの目の前まで来ると、低姿勢からくるりと 身体を回転させて攻撃する。狼に体当たりされたオークたちは、その威力に耐え切れずにもんどりうつ。
「ガゥ!」
 狼は再び敵陣に突っ込み、手前にいた弓兵の右腕に噛み付く。と、そのまま腕を引き裂いた。弓兵は叫び声をあげる。 右腕は力なくうなだれ、どくどくと流れる血の合間から骨が見える。この弓兵はおそらく、再び矢をつがえることはできない だろう。
―敵の中へ入り込みすぎじゃないか!?
 俺の予想通り、白銀の狼の背後にまわったオークの戦士が攻撃を仕掛ける。と、さらにその後方から弓の一撃が放たれる。 少年の放った矢が戦士のお尻に突き刺さり、痛さのあまりに剣を振り上げた格好でぴょんぴょん飛び跳ねるという奇妙な行動 が眼前で行われる。
「こっちへ!」
 少年の指示に従って、オークたちと戦闘をしていた狼が一度戻ってくる。弓兵が矢を放とうとするが、少年の放つ弓に阻まれ て、弓兵の矢が狼を捉えることはできなかった。
「はっ!」
 少年が狼の背中に乗ると、狼がもう一度オークたちの元へ駆け出した。最奥にいた弓兵が矢を放つ。狼はその一撃をかわすと、 眼前の敵へと跳躍しながら襲い掛かる。狼の背に乗っていた少年は、狼が跳躍すると同時に、獣の背中を踏み台にしてさらに高 く跳躍する。空中で矢をつがえると、最奥で先ほど弓を放った弓兵に向けて矢を放った。高い位置からの射撃という、 普段経験しないであろう攻撃をかわす術は、弓兵は持ってはいなかった―――。


「グ...テ、テッタイダ!」
わずか数分のうちにオークたちは戦意を喪失し、次々と撤退していった。
「。。。ふぅ。。。ケル、ご苦労様。」
敵がいなくなると、少年は狼の頭をなでながらそういう。ケルと呼ばれた狼は満足そうにすると、スッ...っと姿を消した。
「...消えた?...アンタ、召喚師か?」
「え?。。。ん〜と。。。えぇ。そうですよ。」
少年は相変わらず微笑みながらそう答える。
「...俺を...どうするつもりだ。」
 助けてもらったとはいえ、相手はヒューマンだ。油断してはいけない。捕らえられて尋問されるという危険性もある。
 急に左足が痛み出した。戦闘に目を奪われてさっきまで忘れていたが、弓兵の放った矢がまだ足に突き刺さっている。 痛みで一瞬顔をしかめるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。じっと、相手の次の言葉を待つ。
「どうって。。。とりあえず、足の手当てをしませんか?」
少年は、相変わらずののんきな口調で、僕の足を見ながらそう言った―――。

―年月日不明:あるダークエルフの青年の日記より―

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