さっぱりわからん職業学入門―その四― |
...今日は本当に不可思議な一日だ。目の前に焚かれた火を見ながら考える。オークの大群に襲われ、死を覚悟したというのに、今はこうしてヒューマンに手当てを
してもらっている。火は少しずつその力を失っていき、だんだんと小さくなっていく。 「。。。よし、これで一応大丈夫ですね。」 少年は丁寧に左足を包帯で手当てする。痛みもだいぶ和らぎ、何とか歩くことができそうだ。 しかし、このヒューマンが何を考えているのか依然としてわからない。俺を助けても何の得にもならないだろうに、なぜこうして手当までするのだろうか。 ヒューマンとダークエルフは敵対してるんじゃないのか?敵同士じゃないのか?治療を受けている間中、その疑問がなくなる ことはなかった。 少年は当惑している俺に気づいていないのか、焚き木をくべる。威力のなくなりかけていた火は再び活力を取り戻し、ごうごう と燃え盛る。 「...なぜだ?」 この状況を打破すべく、俺は質問をする。 「。。。はい?なぜって。。。何がですか?」 少年は俺の問いかけがわからないといった風に首をかしげる。少年の額にある瞳が、火力を増した火に反射して光を放つ。 まるで、少年と対照的に、俺の質問の意図を理解しているとでもいいたげだった。 「...なぜ俺を助けた。俺は...貴様らの敵だぞ。」 ヒューマンとダークエルフは決して和解することはできない。長年染み付いた種族間の憎しみは、 もはや引き返せないところまできているはずだ。少なくても、俺は今までそう教わって生きてきた。 虐げられてきた種族の憎しみのために、そのためだけに今まで生きてきたといっても過言ではない。 「。。。ダークエルフは人間の敵。。。って言いたいんですか。」 少年も俺の言おうとしていることが理解できたらしい。...しばらくの間沈黙が流れる。と、少年が急に立ち上がった。 「疾風を身にまといし白銀の獣よ、今、我が魔力を喰らい、我が命に従いて具現せよ。。。ケルベロス。」 少年が静かに言霊をつむぐ。。少年の額の目が光を発し、魔方陣を作り上げる。まばゆい光の中、具現された狼が姿を見せた。 戦闘のときとは違い、狼はまるで子犬のように少年にじゃれる。先ほどの俺の問いかけに答えもせずに、少年は呼び出した 狼と戯れはじめた。 「...聞いているのか。」 沈黙を破り、もう一度問いかける。 「。。。僕が敵だというなら、なぜ今この子を召喚したときに警戒しなかったんですか?」 少年はこちらを見もせずに尋ね返す。 「それは...」 思わず返答に詰まる。確かに、少年が召喚獣を呼び出したとき、攻撃されるとは考えもしなかった。 「...どうせ逃げられないしな。」 目を逸らし、苦しい返答だと思いつつもそう答える。『取繕う』とはまさにこのことだ。 「。。。召喚師は、自分の力だけで戦うことはできません。召喚獣の力を借りて、ようやく一人前なんです。」 俺が先ほどの返答にまともに答えられずに、当惑していたのを知ってか知らずか、少年は話し出す。 「でも、召喚されたものは術者とは姿形も異なるし、例外もいますが、言葉を媒介にして会話をすることすら できないのが普通です。」 少年が何を言いたいのかわからない。それが一体どうしたというのだろうか。思わず口を挟みかけたが、とりあえず黙って聞 いてみることにする。 「ですが、彼らは召喚師のために力を貸し、決して敵から逃げ出すことをしません。彼らとの契約があってはじめて、召喚師 は戦いに望むことができるんです。」 ...つまり、契約をかわさなければ戦いができないといいたいのだろう。しかも、召喚獣に戦わせるということは、本人の 戦闘能力は高くないということも意味している。召喚師の脆弱さを語ってどうしようというのだろうか。 少年の言おうとしていることがさっぱり理解できない。 「。。。わからないって顔をしてますね。」 少年がこちらをみてにっこりと微笑む。見透かされたのは悔しいが、不思議と嫌な感じはしない。 「つまり、召喚師は常に『他者』と必要とする職なんです。それこそ、種族を問わず。。。ね。」 「...俺とそこにいる奴とはぜんぜん違う。第一、召喚獣なんてものは戦うための道具にしか過ぎん。 召喚されたものが術者に従うのは当然だ。」 少年の言うことに納得がいかず、そう反論する。召喚師にとって、召喚獣と、たんなる他種族とでは意味が違う。 前者は契約に従って、召喚師の命に従って行動する。言うなれば召喚師の盾であり、矛である。しかし、後者は時に敵対し、 自らの要求に対してむしろ反発されることの方が圧倒的に多い。彼の言っていることは、そもそもの前提からが間違っている。 「。。。えぇ、世の中には、実際に君のように考えている召喚師も数多くいます。いや、むしろそういった召喚師の方が多い。 。。召喚獣を『道具』として扱う限り、彼らのことを本当に理解することはできないのに、ね。」 少年が悲しげな瞳を見せる。憂いを帯びた表情はまるで、明確な誰かに対して向けられているようだった。 「。。。とにかく、ダークエルフだろうと敵だろうと、君を助けたいと思った。それでいいじゃないですか。」 結局納得のいかない答えをもらう。召喚獣は道具じゃない?召喚獣を理解する?どちらも戦いのルールから大きく外れている。 一体召喚師というのはどういう存在なんだろうか。 「ま、わからないんならそれでもいいですよ。人の価値観なんて違って当然なんですから。」 少年が焚き木に砂をかける。火は再び衰え始め、もうほとんど消えかかっている。このままほうっておけば、いずれは消えて いくだろう。 「さてと、そろそろ行きましょうか。途中まで送ってあげますよ。」 少年が火を消すのを見ながら、俺も立ち上がる。 「...結構だ。」 足の痛みは消えたとはいえないが、これならなんとか帰れそうだ。別に送ってもらう必要もないだろう。 「まぁまぁ、怪我してるんだし、そんな遠慮しないでいいですよ、ね、ケル。」 「バウッ!」 白銀の狼が少年に返事をする。すると、俺をひょいっと担ぎ上げた。 「お...おい!」 思わず声を上げるが、召喚師と召喚されし者はかまわずに歩き出した。抵抗しようかと思ったが、しても無駄そうなので、 仕方なく狼の背中に身を任せることにした。 ...悔しいが、狼のふさふさした毛と、夜風が顔に当たる涼しさとが気持ちいい。 「自分の信じた道を行くしかないんですよ、結局は。」 誰に話しかけるとでもなく、召喚師は呟く。聞いていない振りをしながら、ちらりと横に目をやる。 他の誰かから聞いた答えではない、自分の信じる道。今まで俺が信じていた道は、本当にそうだっただろうか。 ―召喚師...か。 何故だか、本当に自分の進むべき道が見えたような気がする。俺は、夜風の気持ちよさに、今までにない平安が 胸に訪れているのを感じていた...
それからというもの、俺は他の種族に対して以前ほど嫌悪感を抱かなくなった。むしろ、彼らの書いた文献が
あれば、積極的に読んでみたりするようになった。別に他の種族に好意的になったつもりではないが、かといって敵対する
気もおきない。というか、『種族』という枠組みの中で物事を考えるのということが、なんだか馬鹿らしいことのように思う
ようになってきた。 ―年月日不明:あるダークエルフの青年の日記より―
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