■■―さっぱりわからん召喚師学入門―■■ 〜異種族との対話編[前編]〜
    通称『エルフの森』と呼ばれるこの地域に里を持つ『エルフ』と、山脈を隔て
   た場所に里を持ち、僕もその一族の末端に名を連ねている『ダークエルフ』と
   の闘争と殺戮の歴史は古く、その起源を遡ると神話の時代にまで行き着く。
    光の神であり、生きとし生けるものの母とされるアインハザードの怒りに触
   れたことで水を司る地位を奪われ、死の女神へと変貌したシーレン。それでも
   彼女に仕えることを潔しとしたダークエルフと、姉の代替品として新たに座に
   就いた末妹エヴァに仕えることを決意したエルフは、元は同じ種族だったにも
   関わらず、気が付くと互いを何よりも憎むようになっていった。これは、姉シー
   レンと妹エヴァの間にある確執をそのまま示しているのかもしれない。
   

    もしも今が100年前だったとしたら、僕は里の入り口で尋問されるどころか、
   中立地帯に入った瞬間に攻撃を受けたに違いない。そうはならなかったのは
   両者が先の大戦で甚大な損害を被ったからで、それ故に現在は休戦協定が
   結ばれている。このまま和解してくれるに越したことはないと、先の大戦より
   後に生まれた僕などは思うのだが、長老たちの『次の大戦で完全に決着をつ
   けるために力を蓄えるのだ』という言葉を聞く限りではその望みは薄いだろう。
   

    思えば中立地帯にいたエルフの警備兵も敵意を剥き出しにしていたし、あち
   ら側も実は似たようなものなのかもしれない。本来なら最も近い村へと帰還す
   るための魔法が込められた『帰還スクロール』も、僕がエルフの森で使用する
   と拒絶されてしまい、故郷であるダークエルフの里へと飛ばされてしまう。その
   せいで、他の種族たちと違い歩いてエルフ村まで向かわなくてはいけないの
   はちょっと面倒だが、まぁ仕方のないことだろう。先の大戦でダークエルフ側が
   



   >TOP >1 >2 >3 >4 >5 >6 >7 >8
   その性質を利用した奇襲作戦を決行し、それを受けてエルフ側も同じ戦略で
   対抗したという過去があるのだから、どちらかと言えばこっちに非がある。そ
   れに、ダークエルフ側も『帰還スクロール』を利用してエルフが里へ侵入する
   ことを拒んでいるから、お互い様という奴だ。
   

   「さてと、確かディオンはここから南下して…5日ほどで着きますかね。」
    地図を見ながら現在地を確認。ちなみに僕は今、ドワーフの少女から依頼
   された『クルマの塔で現在調査隊をしている姉への物資の補給』のため、エル
   フの里からちょうど真南に向かった場所にあるディオン領を目指している。
    『クルマの塔』とは巨人族時代の建造物で、今では失われてしまった古代
   の技術(いわゆるロストテクノロジー)が結集されており、現在では様々な研
   究者や調査隊がこの塔の謎を解明するために足を運んでいる。塔の中は侵入
   者を排除するために作られた魔法生物や、塔を新たな居住地として選び定住
   した魔物が徘徊しているため、研究者たちに雇われた冒険者たちの格好の
   稼ぎ場でもある。ま、転職を終えたばかりのひよっこからすればまだ当分先の
   話だろうけど。
   

   …ん?
    わずかに鼻腔を刺激した鉄分の匂いに、思考を中断される。エルフの里の
   景色には似つかわしくない匂い。鉄分と酸素を中心に構成される『それ』は、
   殺意と狂気とを呼び覚まし、闘争という名の衝動へあらゆる生命を駆り立てる。
   その源泉へと吸い寄せられるようにして、匂いの中心部分へと足が動く。
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